みなさん、こんにちは。エロ文筆家の鈴木亨治です。私がエロ業界に携わるようになって、はや10数年。業界ですみっこ暮らしを続けてきた私でも、エロに関する法律や条例の改正は、ある程度知識を身につけていなければなりません。エロ産業というものは、常に「当局」という謎の組織(笑)とのせめぎ合い(折り合い?)にさらされているからです。
私が最初に経験した大きな出来事に、2010年に勃発した「非実在青少年」論争があります。これは東京都の条例改正でアニメや漫画において、子どものように見える被写体を性的表現に用いてはならないという規制でした。要するに、「二次元での児童ポルノ禁止!」ってことですね。
ただ、非実在青少年という妙に哲学的な造語のせいで、その解釈をめぐって業界団体などが紛糾。当時は大論争を巻き起こしました。私も児童ポルノには反対の立場ではありますが、ソクラテスでも考え込んでしまうような条文でしたので、どこまでがOKで、どこからがNGなのかがわからん法律なんて、どうやって対応すりゃいいんだよ!って話です。実際、1999年に成立した児童ポルノ法では、一時期『ベルセルク』や『バガボンド』という普通のマンガさえ規制されかけましたし。
ちょっと前置きが長くなりましたが、エロ業界と「当局」による規制というのはどの時代でもイタチごっこのように繰り返されているというわけです。
それでは、そろそろ本題に入りましょう。今回は以前掲載した『AV新法 ━━ その内容とひろがる波紋 』の続編として、その後の影響と現在地について論じていきたいと思います。
AV新法の概要をおさらい
AV新法は今年6月23日に施行された法律で、AVへの出演を強要された被害者を救済する目的で設けられました。
そこで、まずは新法のポイントを整理してみましょう
●契約書には、アダルトビデオであることを明記し、撮影の日時や場所、映像を公表する期間や方法、出演料や支払いの時期なども記載
●出演者が契約を解除できる
●契約から撮影までには1ヵ月間、撮影終了から公表までに4ヵ月間空け、この期間中は無条件で契約を解除できる
●公表されたあとでも1年間は無条件で契約を解除できる(施行から2年までは2年間)
●出演者が法律に基づいて契約を解除しても損害賠償の責任は負わない
また、次のような厳しい罰則も設けられています。
●契約の際に書面を渡さなかったり、虚偽の内容の書面を渡した法人には、100万円以下の罰金、個人には6ヵ月以下の懲役または100万円以下の罰金
先述した都条例のケースとは異なり、期間や罰則などかなり具体的に条文がまとめられています。奇しくも、今回は条文が具体的すぎるがゆえにAV業界に大混乱をもたらす結果となりました。
書面での契約が各作品ごとに義務づけられている
今回の新法では、AV女優との出演契約は書面で必ず交わすことが義務付けられました。一般の方々は「これまで契約書がなかったのかよ!?」と思われるかもしれませんが、実態はそうではありません。
とりわけAVメーカーは、2000年代から積極的に出演者と契約書を交わすようになっていました。実際、私がかつて所属していたソフトオンデマンドでも、各メーカーでは、男優・女優にかかわらず出演者とは必ず出演契約を書面で交わしていたんです。まあ、その様式はメーカーによっても異なっていたみたいですけどね。
こうした契約書の書式を統一しようと大きく動き出したのが2016年のこと。法律家や弁護士で構成されたAV人権倫理機構という第三者機関を設け、メーカーのみならず、モデルプロダクションも含めて契約に関する規則を設けたのです。
この規則に基づいたAVは「適正AV」と呼ばれ、審査団体のチェックを受けて世に出されることになっています。審査の対象になるのはモザイクの濃度だったり、作品のテーマなどです。例えば、痴漢やレイプなどといった著しく反社会的なテーマを扱った作品は審査によって発売できなくなることもあります。
これらの規定に沿った契約書は、これまでの慣習では包括的に締結されていることもありました。しかし、遠方に住んでいる女優さんへの配慮という意味合いもあったそうです。
しかし、必ず各作品ごとに結ばなくてはならなくなったことで、女優さんの手間やコストが増大したのです。
契約から1ヵ月は撮影できないため、代役が利かない
単体女優などはメーカーと「契約期間は1年間、月1本ずつリリース」といった内容で包括的な契約を結んでいました。契約書は1つにまとめられ、リリースに先行して月に2本ずつ撮影したりしていたんです。
ただ、AV新法によって契約から1ヵ月は撮影できないことになったため、これまでのスケジュールは適用できなくなりました。それによって、撮影やリリースのスケジュールが大きく崩れることになりました。
また、この契約書に基づいてスケジュールを組んだとしても、女優さんが急病などで撮影当日に来れなくなってしまうと、代役を立てられなくなってしまいました。
以前、とあることがキッカケで撮影中に女優さんが帰ってしまう現場に立ち会ったことがあります。ただ、スタッフも集まっていますし、すでに支払い済みのスタジオ代も決して安くはありません。1本あたりの利益は微々たるものなので、そのまま撮影中止にしたら大損害です。
当時はキャスティング担当者が、ほうぼうの事務所を当たって代役を確保。何とか当初の予定通り発売スケジュールに間に合わせることができました。
ただ、AV新法では契約書を1ヵ月前に結ばなくてはならないので、こうした代役の確保ができません。つまり緊急の事態に見舞われた際の損害はAVメーカーがすべて被ることになるのです。
撮影後4ヵ月は発売できないため、資金繰りが厳しくなる
AV作品の売上は、発売から約2ヵ月後にメーカーに振り込まれることが一般的です。
これまで企画モノなどは発売に間に合うギリギリのスケジュールで製作されることも少なくありませんでした。私が知る限り、納品まで1ヵ月を切った段階で撮影していたメーカーもあります。もう編集スタッフなんて1週間事務所で寝泊まりしてたぐらいです。
それもこれもメーカーが資金繰りのために絶対に間に合わないといけないという使命感があったからです。ギリギリで撮影・発売されたとして、3ヵ月後には売り上げの入金があったんですね。
しかし、これが4ヵ月後の販売となると、実際に発売されるのは撮影から約5ヵ月後。入金があるのは約7ヵ月後ということになります。撮影から半年以上も利益にならないというわけです。
懇意にしている某AVメーカーの社長はこう嘆きます。
「中小メーカーはどこもギリギリで運営してきました。なかには自転車操業と呼んでもおかしくないメーカーもあります。そもそもAVメーカーは銀行の融資なども受けられないから、バタバタ潰れる可能性が高い。実際、会社の規模縮小を考えているメーカーもあると聞いています。まあ、僕の所感でいえば、これは被害者救済とはあまり思えない感じています」
このメーカーでは、撮影と発売スケジュールの大幅な変更を強いられ、2022年6~12月の売上は前年比で6割以上減少するとの見込みだそうです。
まとめ
AV新法から約半年。業界に激震が走っているのは間違いありません。この新法は大手メーカーだけでなく、インディーズメーカーや個人による同人AVにまで適用されます。
業界関係者も、この規制がもたらした混乱はしばらく続くと見込んでおり、今後はAVへの出演強要以外の被害が起こりかねないと危惧しています。
次回は、AV新法による将来的に想定されるリスクについて紹介いたします。